新たなチャレンジの模索
2016年11月、 Blue Impulse T-4 20th Anniversary 、TRI FORCEの新モデルの販売開始を見届けたケンテックスの2代目社長の橋本直樹は、早速JSDFの新作の企画に取りかかりました。
JSDFシリーズは、自衛隊員の使用を想定し、隊員が実費で購入できる専用時計として2005年からスタートしました。十分な品質、耐久性、実用性を兼ね備えたコストパフォーマンスの高いミリタリーウォッチとして、防衛省本部契約商品となりました。
隊員の要望に応えながら、新素材の採用(バリスティックナイロン)や、ソーラー駆動の製品を開発など、様々な技術的チャレンジを続け、自衛隊時計としての地位を築いてきました。
そして、耐磁・耐衝撃構造、J-Solar搭載というS720M系も、フラッグシップとしてすっかり定着した今、ウォッチメーカーとしての新たなチャレンジを模索していました。
航空救難団 通称 Air Rescue Wing
新モデルの糸口を探すために、橋本は防衛省で関係者へのヒアリングを続けていました。そんな中、とある会話で“航空救難団”という部隊を耳にしました。それは橋本にとっては、初めて聞く名前でした。
「航空救難団って何ですか?」
「“救難活動の最後の砦”と呼ばれる部隊ですよ。彼らは空挺レンジャーの資格を持ち、いかなる場所でも救助活動ができるよう訓練しているんですよ。」
最後の砦?救難活動で空挺レンジャー?その異質な響きに興味を覚え、橋本はすぐに航空救難団について調べ始めました。
自衛隊機は、訓練中または実戦において、いつ、どこに墜落・不時着するかは予想がつきません。海の真っ只中かもしれませんし、厳冬の雪山の可能性もあります。そして、そのような状況に陥った隊員は、命の危険にさらされ、一刻の猶予も許されません。その時に、広大なエリアからいち早く隊員を探し出し、救助を行うことをミッションとした部隊が“航空救難団 通称 Air Rescue Wing”です。
パイロットや搭乗員達は、平時においても戦時においても、何かあれば航空救難団が助けに来てくれるという安心感、信頼感があるからこそ、危険なミッションにも全力を尽くすことができます。自衛隊員の命を守る、文字通り“最後の砦”が航空救難団なのです。
橋本直樹はすぐに航空救難団の隊員に会うべく動き始めました。
想像を超える過酷な任務
実際に航空救難団の隊員を前にすると、その屈強な体から感じられる圧力なのか、それとも過酷な訓練を通り抜けてきた人の持つオーラなのか、穏やかな表情とは裏腹に、私たちは強い緊張を感じました。そして隊員から語られる任務には、さらに衝撃を受けました。
航空救難団は、ひとたび指令がでると、それが海だろうと雪山だろうと、たとえ戦場の真っ只中でも、昼夜関係なく直ちに救助に向かわなくてはなりません。ありとあらゆる状況での任務を想定するがゆえに、落下傘降下から潜水訓練まで多岐にわたる厳しい訓練を積んでいます。その過酷さは、屈強な志願者をもってしても、半数以上が不合格となるほどです。橋本は、そんな話を聞けば聞くほど、その隊員を支える時計を作りたいと強く思うようになりました。
昼も夜も関係なく、雪山から水中まで地球上のありとあらゆる場所での活動を想定し、また、落下傘降下などの衝撃にも耐えうる腕時計。航空救難団の隊員のための高いスペックを持った腕時計に、ウォッチメーカーとしてチャレンジ精神がかきたてられました。
JSDFシリーズの開発の原点
社にもどった橋本直樹は、さっそく航空救難団モデルの検討をスタートしました。しかし、社内からは採算がとれるのかという懸念が持ち上がりました。難易度の高い開発には当然コストがかかります。しかし、航空救難団の知名度は決して高いものではないですし、また、ブルーインパルスのような派手な存在でもありません。航空救難団モデルを開発したとしても、果たしてビジネスとして成立するのか。その答えは誰にもわかりません。
しかし私たちは、ケンテックスがJSDFシリーズの開発に力を入れている、もともとの理由、原点を振り返ったとき、開発をスタートするべきとの結論に至りました。ケンテックスがJSDFシリーズの開発に力を入れるのは、国民を守るために命をかける自衛隊員への強い共感と尊敬が原動力となっているからです。
航空救難団の過酷で崇高な使命に共感し、航空救難団のための時計を世に出すことで、航空救難団の活動や存在を今以上に世間に認知してもらうことが、JSDFシリーズを開発している意義なのだと考えました。
「“救難活動の最後の砦“と称される航空救難団の時計は、ケンテックスにしか作ることはできない。私たちが作らずに、いったい誰が作るのか」
橋本直樹は、航空救難団モデルの開発をスタートさせました。